***その思想 「人づくり」への覚醒***
☆大正8年
福岡県久留米市に生まれる 祖母の代までは有馬藩士 五郎三郎という珍しい名前はサムライの子だからということ。中学を卒業するとすぐ満鉄に入り満鉄の給費で学校に行きく。その後軍隊に入って朝鮮の部隊や豊橋の予備仕官学校を経て、士官学校の教官として着任。そして終戦となる。
祖国再建の為、「日本健青会」を作り、シベリア抑留60万人の引揚、戦死者の慰霊、免罪が多かった戦犯の問題を中心に運動をする。
安岡正篤(やすおかまさひろ)の秘書役であった林繁之先生と知り合い、その縁で安岡先生の教えを受ける。 安岡先生は「王陽明の研究」でその名を世に轟かせ、戦後は歴代総理に宰相学を指南 戦中、戦後終始一貫自らの思想を貫いた先生の生き方に惹かれる。 人間学が出来て初めて天下国家を論じなければいけない。リーダーは多くの人を束ねなければならないから、公平無私 率先垂範 健康を維持すること 自己を律し、事故を確立すること 自分を確立するための学問をしているかが大切。 人間を作るための勉強が一番大切 順境にいても安んじ、逆境にいても安んじ、坦々としていなければならない。
人間学の目標は「修身、斎家、治国、平天下」であり「自ら靖んじ、自ら献ず」まず自分を確立したら、今度はどうやって世の中の役にたつかということを考え行動すること。 行動にあっては「彼を知り、己を知れば百戦して危うからず」(孫子)で国内外の情勢や社会的な問題の正しい見方をしっかり勉強することが肝要である。
「人物と歴史に学ぶことほど生きた学問はない」古今東西の歴史上の人物の言行や古典を読み、それを自分なりにまとめたりという形で勉強させてもらっている。
人それぞれ能力や立場によって出来ること出来ないことがあるでしょうけれど、「志を持って一隅を照らせばやがて国全体を照らすことになる。大言壮語せず、自分の身の回りを照らすことが大事である」